私の名前はアームド。アームド・ノッシュルだ。
世間では、私は世界の少数民族の文化研究者としてそこそこ名前が知られている。
今から私が記すのは、私が若い時に出会ったある民族のとある伝承の話だ。
そこでは、今まで私が見た事がない風習があった。それを今から書き記そうと思う。
あれは、いまから二十年以上も昔の話になる。
「…………クソッ! 随分と奥まで迷い込んでしまった」
あの時、私はいつもと同じように、ある国の密林の中を歩いていた。
集落と言うのは、人知れず存在する物も多い。まだ当時若かった私は、一人でその集落を探していたのだ。
だが、その密林には毒を持つ生き物や、人体に害をなす牙を持つ生物が多かった。
動物にも多少の知識があった私は、なるべくそれらの生息する場所を避けて通りながら、集落を探していたら、いつの間にかこの密林の中を迷い込んでしまっていた。
引き返そうにも、今来た道を逆戻っても、密林から出れそうにはない。そもそも同じ道をこんな密林で通れるわけがないのだ。
食料も有るにはある。テントなども一応一式持って来てある。が、出来れば、密林のような、狭くて危険が付きまとう場所を寝床にするのは、あまり快くなかった。
「進むしか道はない、か……」
集落を探しに奥まで来て、自分が迷う。随分滑稽な話だなと当時私は思った。
日本では、これを「ミイラ取りがミイラになる」、と言うらしい。いや、私は日本の文化をあまり知らないのでこれが正しいかどうかはわからないが。
そして、あの時、もう何時間歩いてたかは分からない、しかし、日が傾き始める時間になるぐらいは、歩いていたようだ。
「もうすぐ日が暮れる……これ以上は危険か……」
月明かりしか光がない夜の暗い密林を歩くのは、自殺行為も甚だしい。夜になってから獲物を狩る夜行性の生物もいるのだ。
そう決断した私は、あと一時間歩いたら、テントを張ろう、と考えていた。
しかし、この決断は杞憂に終わることとなる。
それからしばらく密林の奥へ奥へと歩みを進めていくと、突然、何か橙色に光る何かが見えた。
それは、私達が日頃よく目にする物、火が燃えている色だった。
「見つけた……」
正直に言おう。あの時、私はここに集落が存在した事に安堵した。
なぜならそれは、ここが人の住める地であるという事を、無言のまま証明した事と同義だったからだ。
また、本来の目的である。集落ごとにあるそれぞれの文化の研究も、無事進められそうであったからだ。
しかし、安心するのはまだ早いと当時の私は判断した。それに、いくつかの懸念もあった。一つは、どの国の言葉が通じるかという事である。
一応、どんな国の言葉にも極力対応できるよう、当時で十二カ国ぐらいの言葉は喋れたのだが、それで通じるのかという不安もあった。
事実、何度か言葉が通じなかった集落もある。その時は、私の力量不足だったので、その言語を習得後、もう一度その集落を訪れたりもした。
しかし、ここは密林の中。それも、偶然見つけたという表現が正しいであろう状況の中、もう一度言葉を覚えなおして、ここを訪れると言う事は、厳しい物があった。
そしてもう一つ。これが私にとって最も重要な事だなのだが。それは、この集落が人を襲う集落ではないかと言う事だ。
私が過去に出会った集落では、人肉を神からの授かりものだと信じ、人を襲い、時には村人を生贄にし、食していた文化もある。
特にこういう、密林の中に存在するといった、他の人との交流をせず、自分達だけの風習に基づいている集落は、そういう傾向にあった。
慎重に進もう、そう決断したのだが、まだあの時の私は、警戒心が足りてなかった。
「ひ、人だ!」
突然声が辺りに鳴り響いた。声のした方に視線を向けると、人らしき物が映り、その人らしき物は、一目散にどこかへ走り去ってしまった。
「!? (しまった……)」
気づかれた、と判断した後、私は二つの選択を行うために身構え始めた。
それは、人を襲う集落だった場合の為の、逃走の身がまえと、友好的な集落だった場合の、それに対する対応の身構え。
幸い、村の人間にばれて、声を出させた事で、この集落が、自分が知ってる国の言葉で話す村だと言う事が分かった。
これがもたらす結果は、非常に大きい物と言えた。言葉が通じるということほど、コミュニケーションを取りやすい物は無いのだから。
暫くすると、村の人間とおもしき人が、続々とこっちに向かってきていた。
「(どっちだ……。どっちの種類の集落なんだ……)」
そして、私の前に現れたのは、6人ばかりの男。
全員、髪は黒色で、絹で出来た服を身にまとい、首には、石か何かを加工したネックレスの様なものを付けていた。
「あなたは誰ですか?」
男の一人がこう問いかけてきた。その顔はお前は何者なんだという警戒心をあらわにした表情だった。
この質問が飛んでいた時、私は咄嗟に態勢を変えた。身構えてた姿勢から、友好的な姿勢をみせる格好に。
私はこう返した。私は旅人です。この森に何があるのか興味をもって入った所、迷って出られなくなってしまいました。と。
研究者と答えても首を傾げられる事が多く、また警戒心を煽る可能性もある。だから私は基本的に誰かを尋ねられた時にはこう答える習慣を身につけている。
こう答えた時、男の顔から警戒の色がみるみる薄くなっていった。
「(成程……人の言葉をそのまま真に受けてくれる村、か……)」
「それは大変だったでしょう。なら、今日はもう遅い、この変の夜行生物は凶暴な物も多い。今夜は私達の村で泊って行かれたらどうでしょう?」
実を言うとそのつもりだった。とは言える訳もなく、そのまま彼等に付き従い、私は密林を歩いていた。
時間的に十分ぐらいだろうか、男達の後に続いていると、村が見え始め、さらに五分程歩くと、その全容が明らかになった。
村、そこは、そう呼んでいいほどの大きさだった。少なくとも集落と呼んでいい程の小ささではなかった。
村の中央には台座があり、縦には人一人が横になれるぐらいの幅があり、横は、縦の半分ぐらいの長さだった。
その台座を囲むように、川があり、村人の何人かが、その水で衣服を選択していた。
台座には、橋が架けられ、それが川を跨ぐようになっており、そこから人が行き来するようだ。
そして、その川をさらに囲うように、人が住んでるような建築物が建てられており、その数はおよそ二十ぐらいか。その二十もそれぞれが大きなものであり、この村が大きな文化を持っているという事の証明になった。
そのあまりの規模の大きさに、思わず息を飲んでしまう。
こんな村が、あんな密林の中に存在していた。その事実が、知らず知らずに私の研究者としての血を滾らせていた。
「まず村長の所へご案内します」
そう言われて、私は、この村の建築物の中で、一際大きい建物の中へ案内された。
中には、齢六十前後の老人が一人、佇んでいた。
村人は、村長と思わしき人物に事の顛末を話していた。
しばらくすると、話が終わったのか、その村長らしき人物が、私のほうに歩いてきた。
「事情は聞きました。今日はもう遅い、良ければ私の家に泊まってくださるか? 客というのも随分久しいのでな」
その言葉に、私は一の二の句もなく了承した。
すると、村長はある提案を私に持ちかけてきた。
「どうかな? 今から行われるこの村の風習でも、旅のお土産に見ていきますかな」
願ってもない話だった。私は元々そういうのを調べるために、遠路はるばるこの地へ来たのだから。
見てみたい。そう返事を返すと、村長は気を良くしたのか、笑顔で私を外へ連れ出した。
連れてこられた場所は、中央にある台座が良く見える場所。ここで何が行われるのかと、私が問うと、まあ見てなされと言葉を濁らされた。
しばらくすると、その台座に一人の女と、4人の男が向かい始めた。女の方はまだ若い。年齢は二十もいってないのではないのか。
様子を見ていると、女は唐突に着ていた衣服を脱ぎだし、一糸まとわぬ姿となり、台座に腕を上に上げながら仰向けの体勢で横になった。
そして、それを確認した男たちが、女の両手首、二の腕、腹回り、太もも、両足首の計九箇所に楔を打ち、完全に身動きが取れない状態に拘束した。
その光景に驚いた私は、何をするつもりなのだと村長に問うた。あのときの私は、まさか輪姦でもするのではないかと内心ハラハラしたものだ。
しかし村長は、頑なに喋ろうとしてくれなかった。
「キャハハハハハハハ! あ~ははははははははははははははは!!」
その時、私の耳に突然大きな笑い声が聞こえた。声が聞こえたほうに目を向けると、台座にいる四人の男が、いつの間にか両手に羽箒を持ち、彼女の肢体をくすぐっていた。
「いひひひっひひひひひひっひいいいいいいいい! ああああああああああああ~~~~~!!」
羽箒は、人体において、くすぐったいであろう箇所、主に腋の下やわき腹、太ももや足の裏などに羽を這わせている。
「ひっぐぐぐぐぐうううううううう!! っっあはははははははははっはははははははは! やああ~~~~~!!」
苦しそうだ。事実。彼女の体は、その羽責めから逃げようと、体を動かそうとする。
「あっっきゃっっ! ひぁっっ! っあぐっ! ふひひひひひひひっひひひひひひひひひひい! ふひゃああああああああああ!!?」
しかし、拘束は頑丈で、どんなに暴れようと、彼女の体は一向に動かない。
「ふぁぁああああああああああ!? ああああはははははははははっははははっははははははははははは!!!」
しかし、楔が打ちつけられた場所も、羽はそのわずかな隙間に侵入し、彼女にくすぐられない場所などないという事を、身をもって知らしめる。
「ひああああはははははっははははははははははは きゃはははははははははははははははは!!」
男たちは責めの手を緩めない、このまま続けたら酸素不足で笑い死にしそうだ。
「ひぃっ……! はぁっ……! はぁっ……! ぅぁああ!? はひゃああああははははははははははははははははは!」
しかし、それは杞憂に終わる。男たちは、時々手を休め、女に休息のひと時を与える。しかし、それは同時に緩急つけたくすぐりで、慣れさせないという事も、意味していた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!! いやぁぁあぁぁぁぁぁぁ!! それぇ……! だめぇええ!! 気持ちいいい!!」
時折、羽は胸や股間といった性感を刺激する場所も撫で、さらに女をくすぐりに慣れさせないようにしている。
「はぁっぁぁぁ…… はにゃああああああああ!? にゃははははははははははははははははははっはは! ああああはははははははははは!!」
性感からくすぐったさへ変わる感覚に、彼女は翻弄され続けた。
「うぁぁぁぁぁぁあああああああ!! イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!! ひひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっひゃひゃひゃっはひやあああああああああ!!」
しかし、稀有なことに、彼女の口から、救出を望む声は出ない。それどころか、否定の言葉すら出ていなかった。
「へへへへへっへっへへへへへへへへへへっへへへへ! あひぃぃぃいいいいい~~~!! あああ~~~~~~~ん!! んんんんんんんんんんんんんっっ!!」
私は村長の方を向いた。村長も、わかっていたかのように、こっちを向き、何故このようなことをしているのかを喋りだした。
「いいいいぃぃぃぃ~~~~~~っっ!! ふぅぅううううううぅぅぅぅうっっ! ぐひひひひひっひひひっひひひ!!」
村長曰く、これは、夜、この村を襲おうとする生物を遠ざけるための儀式なのだそうだ。
「あうぅぅぅうううぅぅぅっっ!! っ! わきゃあああああああああああああ!? あ~~~~ははははははははははははははははっははははっあははははははははっははははあああああ~~~~~!!!」
若い女性を、一晩中くすぐり続けて、猛獣を遠ざかせる。この風習は、古くからこの村に伝わる手段だそうだった。
「ひゃははははははははははははっは!! ははははははっっ! はっはは…… はぁぁ、はぁぁ……っ! あひぃぃぃぃぃん!? くぅあぁっ!? ああん!! あああああん!!! ひゃああああああん!!」
由来は、数百年ほど前に遡るそうだった。昔、まだこの村が小さかった頃、この村は夜、良く人が動物に襲われていたそうだ。
「ふわあぁぁぁぁぁぁ!! あっ! あっっ!! んんあっ! ああああっっ!! っきゃあああああああああああ!? キャ~~ハハハハハハハハハハハ!!! ああああああああああああああああああ!!!!!」
それを何とかしようと、ある村の男は、遠い地に住む占い師に、どうすればいいのかと頼みに行ったのだ。
「あはははははははっはははっはははははははははっははははははははははっ!! ああ~~~~~ははははははははあははははははははははははははは~~~~~~!!!」
占い師は、若い女性を一晩中くすぐれば、その笑い声に、動物は、まだ人が起きてると勘違いし、去っていくと。そう答えたのだ。
「ひっ! ひぃっ!! ひぁっっ! ひぐっ! うぁぁう! うぐぐぐぐぐぐぅぅぅ~~~~~~!! うぎぎぃぃぃぃぃ~~~~~~~~~~っっ!!!」
それから村にそのことを伝えに帰った男は、早速それを村中に伝え、夜にそれを実践した。その夜は、誰も襲われることはなかったそうだ。
「はぁ!? はあああああ! うにゃぁああああああああああ!? ひひゃぁぁあああああああ!!?? あ、あっあああああああはははははははははははっはははははははあ~ははははははははは!!」
以来、それから今に続くまで、この風習は絶やしたことがないのだという。
「うわははははははははははははははははははは!! えヒヒひひいひひひっひひひひひいっひぃいい!! あはははははははははあははふぁああはははははははははあは!!!」
これで、村長の説明は終わった。なかなかこれは面白い文化に会えたなと、私は思っていた。
「あははははあああははははははははは!!?? あ~~~はははははははははははは!!! ぎゃははははははははははあっはあははははははははははははははははははは」
突然、女の反応が激しくなった。見ると、男は、手に持っていた羽箒を捨て、その両手で彼女の全身をくすぐり始めたのだ。
「いやははははははははははははははは!! ひひゃ~~~ははははははははははははははははははは!!!」
彼らは、やはり腋の下など弱点を執拗に狙い、笑い声を途切れさせなかった。
「きゃああああああはははははははははははは!! ひぃ、ひいぃぃぃぃいいいいいいやははははははははははははははっはははははははははは!!!」
男たちに手加減をする気はなかった。当然だろう。手を緩めれば、獰猛な動物が、村を襲いにくるのかもしれないのだから。
「アハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハアアアハハハッハハハハハハハハハハハハアハハハハハハハハハハハハハハハハッハッハハハッッ!!!!」
女もそれを分かっているのか、決して拒絶の言葉を発しない。生きるために必要なものだと体が理解しているからなのだろうか。
「げひゃはははははははははははははははははははははははは!! んひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!!!」
そろそろ家に入りましょうかの、という村長の言葉に、私は賛同し、この場を離れ、村長の家で一晩を過ごした。その間、一秒たりとも女の笑い声は途切れなかったという。
「うぁぁぁあああはははははははははははははははははははははははははははは!! ああああああああはははははははははははあっははあははっははははははははははははははあああああああっ!!!!!!!」
翌日、私は村長にお礼を言い、この村を後にした、帰り道が分からないといったら、村の男を一人、道案内に付けてくれた。
その後、数時間ほど歩き、密林からの脱出を果たし、改めて村の男に礼を言い、ここから立ち去った。
以上が、私が体験した集落のひとつの風習である。
「ふぅ、こんなものかな」
私は、そう呟くと、椅子からその重たくなった腰を上げ、伸びをした。
「稀有な体験だったよ。本当に」
当時を思い出し、懐かしむ。
今宵も、あの村では、楽しそうな笑い声が響いてるのだろうか。
そんな事を考えると、なんとなく口元が緩んでしまう私だった。
今頃彼らはどうしているのだろう。機会があったら、今度出向いてみるか。
こうして、私の夜は更けてゆく。
あとがき
はい、ここまで読んで下さってありがとうございました。
え~、今回は色々と実験作で、自分の作品の中でも異色作だと感じてます。そんな訳で、好みが特に分かれる作品なのではないかとも、思ってます。
テーマは『風習』で、くすぐりを伝統文化とする集落を、客観的視点から見た場合の描写はどんな具合か、というのを書いた作品です。
そんな訳で、色々と自分の作品のお約束をいくつか抜き取って描写しています。もしくは抜き取っても作品として成立するかを試した作品でもあったり。
結果は……どうなんでしょうね、皆様に判断をお任せします。
今回はこれで終了です、次回のSS投稿も、すみませんがリクエストSSではありません。ですが、楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、また数日後に
研究者が当初女で実体験としてくすぐられる設定だったのは秘密