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液状の生命線!



『生命力の液状化』と、言う言葉がある
 その名の通り、人間が生きる上で必要な体を動かす根本的な力である生命力を、液体として、形のある、目に見える物として、
そして、魔術使用による媒介、または実験材料とするために、魔術によって取り出された物である。

 生命力は命を刈り取らずに取り出すことは出来ない。そして、詳しい原理は不明だが、生命力を取り出す行為に及んだ場合、誰がどんな方法を用いたとしても、同じ年齢、同じ性別、同じ健康状態の人間から取れる量は必ず一定である。そして、取れる絶対量は人間が生まれた時から重ねて十五の年を数えるころに頂点を迎え、その後、年を重ねる毎に少しずつ低下していく。

 液体の量は、ピークを迎える齢十五の時で、コップ一杯程である。

 取り出された液体は非常に貴重な物質として、魔術師たちの間で高価な値段で取引される。生命力が持つ力は、その人間が天寿を全うするまでの力、コップ一杯に百年余りの人生を凝縮したものである。その力が強大ではない筈がない。具体的に言えば、その液体を導具に組み込むだけで、安物の小道具といってもいい程度の道具が、魔術的、戦術的価値を大いに得られる魔具として使用することが出来る。
 
 だが、これ程の物を進んで手に入れようとする魔術師は、実はあまりいない。

 液状化した生命力を手に入れるという事は、すなわち人を殺す事。それをよしとしない魔術師は多い。人を助けるために人を殺す。この思想を持ち合わすことが出来ないからだ。
裏を返せば関係ないとばかりに命を吸い取る魔術師もいるという事なるのだが。

 では、生命力を取り出された人間はその場で死ぬのかと言われれば、実はそうではない。
 厳密には死ぬのだが、死ぬまでの時間が長いのだ。年齢、病気の有無などにもよるが、最低でも一カ月は生き続けることが出来る。あらゆる体の器官が生命力によってもたらされる、生きようとする力を一時的に代替えしているからだ。

 なら、生命力を取り出された人間は、運命に抗う術もなく、黙って枕をぬらしながら、近いうちに訪れる避けようのない明確な“死”に怯えるしか道はないのかと言われれば、それは否である。
 手順は面倒であるが、魔術師の力を借りることが出来れば、外にこぼれた生命力を再び己の体に宿すことも出来る。それを応用すれば、死にかけの人間にそれを施すことによって、息を吹き返させるといった事も不可能ではない。世の中には、そういった人間を助けるために、液体となった生命力を持ち歩く魔術師も存在する。
 


 そして、この物語は、


 とある魔術師によって生命力を抜かれた少女と、取り出された生命力を再び少女の体に戻そうとする一人の魔術師が奮闘する

 小さな小さな物語である。






深い木々で覆い繁った森の中を抜けると、人目には絶対つかないような場所に、一軒の木で出来た家屋があった。

「ぁぁあ! うぁあぁああああああああっっ!!」
 
 木造で作られた一軒の家屋の中から、少女が泣き叫んでいるかのような痛い悲鳴が木で出来た家の中をこだまする。
 無残に破かれたのだろう。少女は申し訳程度にしか衣服がない状態、簡潔に要するとほぼ全裸に近い姿で、仰向けで大の字になりながら空中で静止していた。その様子は、まるで彼女の肉体の時間を止められたかのように、全く体を動かすことなく、そこに停止していた。

「やめっっいや!! ぁぁぁああああああああああああ!!!」  

 体の芯から骨、神経に直接響いてくる想像を絶する痛みに、彼女は今、己が裸同然の姿であるという事に羞恥を感じる暇もなく、痛みに泣き叫んでいた。
 見ると、悲鳴を上げる少女の体から、汗とも涙とも違う。銀色の液体が徐々に体の至る所から彼女の体から噴き出し始めている。しかし、彼女はそれに気づく余裕もないのか、ひたすらに痛みに耐えれず、泣いた。

「ヒヒヒ……本当は痛くない方法もあるんだがなぁ……。ま、これも俺の趣味だ……めいっぱい楽しみながら抽出してやるよ………」
 
黒衣のローブに身を包んだ白髪の男は、ボソリとした声で小さく呟くと、その手を彼女の前に翳し、何やらブツブツと呪術の詠唱を始めた。
詠唱を終えると、男が翳した手の先が、わずかに淡い光を放ちながら発光しだす。それを痛みに呻いている少女の首元にあてがる。
すると、今まで目を瞑りながら叫んでいた少女が、急に眼を見開いたかと思うと、今まで出したことない悲鳴を上げ始めた。その叫びは木で出来た家の柱を振動させ、家中に響いていく。そしてその叫びに比例するかのように、彼女の体から銀色の物質が排出する量も徐々に増していった。

「ヒヒヒ……どんどん集まる………生命力の液状が! これを売れば、俺は女を好きなだけ侍らせることが出来る……ヒヒ、魔術師になって白髪化しちまった俺にもようやく幸せな夢を見れることが出来る………ヒッヒヒ」

「そう、だったら、それを夢見たまま死になさい!!!」

「っ!? だれ――」 

 だ、という言葉を男は遂に発する事が出来なかった。言葉を言う前に、男の側頭部を真横から鈍器以上の何かで叩き付けられ、数メートルもの距離を一気に吹き飛んだからだ。
 木の壁に頭から叩き付けられた男は、何が起こったか完全に理解しきる前に絶命した。同時に、苦痛に喘いでいた少女の悲鳴が途絶え、空中で止まっていた彼女の体が、重力に従って床に落ちようとする。

「っと! 危なかったー」

 だが、その体は床へと落下する前に、何者かの手に抱きかかえられることとなった。少女は、段々と虚ろになっていく意識の中、その姿を確認しようと、支えてくれている人物に目を傾ける。そこには、

 少々だぼついていて、胸元の上部分でリボンを用いて繋ぎ合せている黒衣のローブに、先端が少し垂れている三角帽を身に着け、白のブラウスと黒のプリーツスカートを身にまとった美少女、否、魔術師がそこにいた。

「安心して。私はあなたに危害を加えない。だから、今はゆっくりと休んで」

 そんな優しい言葉を掛けられたと同時、少女の意識は消えた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……………う、ん……」

「あ、起きた起きた」

 ボンヤリとした頭を覚醒させるかのように、部屋の奥から聞こえる明る気な声が彼女の脳内を刺激する、その甲斐あったのか、徐々に彼女の頭のモヤモヤとした眠気に近い何かが晴れて行き、今のこの事態を確認しようと体を動かそうとしたところで、あることに気づいた。
 そうだ、私、あの男の人に服を………。
 気づき、いつの間にやら肌を隠すように掛けられていた毛布を慌てて手繰り寄せ、そこで彼女は意識を失う前まではなかった毛布があることを自覚した。
 そして、この毛布を掛けてくれた部屋の奥にいるであろう女の人に感謝の意味と、そして自分の裸を見られたことによる羞恥の意味に頬を染めた。

「フフ、別に女同士なんだから、恥ずかしがる事もないのに」
 こちらの挙動に気づいたのか、それとも可笑しい、初々しいと感じたのか、微笑み、こちらに近づきながらそう言う女の人を、少女はまじまじと改めて見つめた。

 白い素肌を隠すように黒のローブで身を包んだ、自分より少しだけ年上のように感じる雰囲気に、ちょっとした親近感を感じ、
 少し垂れさがった三角帽から覗くクセ一つない真っ直ぐに腰のあたりまで伸びた鮮やかな黒髪と、帽子と髪の気の下に見える物事をしっかりと見つめる無垢な眼差し、そして、彼女の綺麗に整った顔立ちに一瞬見惚れ、
 白のブラウスをわずかに押し出す二つの双丘は、自分と大差ないかもしれないと僅かに勝利感のある感想をおのれの心の中で下し、
 黒のプリーツスカートから姿を見せる、スラっとした長い脚を強調するかのように履かれたひざ上まであるソックスを着用する姿に女性としての憧れを抱き、
 リボンがあしらえられている少女趣味のブーツをそつなく履ける彼女に、ほんの少し、嫉妬する。
これらを総じて、少女はこう結論した。
 意識がなくなる前に見た女の人と同じ格好だ。なら、安心して大丈夫。………なの、かな?
助けてくれたんだし……とも心中で加えて、少女は目の前の女性を見つめた。

「ん? ああ? 私があの男みたいなことするって疑ってんのかな? 大丈夫よ。私はあの男がやっていたこととは真逆のことをする魔術師だから、あなたに危害を加えるつもりはないわ。ああ、それと、あの男をブッ飛ばした時に机とかちょっと壊れちゃった。ごめん。今度弁償するね」

「い、いえ、助けてくれて……ありがとうございます……すごく、苦しくて……痛かった」

「うん、苦しかったね。痛かったね。だけど、もう安心して。あなたを苦しめる悪い奴はもういないから」

「はい。ありがとう、ございます」

「ぷふっ。さっきもありがとうって言ったじゃない」

「へ? あ! そ、そうでしたね。ごめんなさい」

「謝る必要はないと思うけど?」

「そ、それもそうですね、アハハ」

「フフ……。私、ララ。魔術師ララ。よろしくね」

「私、メイリって言います。よろしく、です」

 笑いあいながら自己紹介を済ます。そのあとも、両親は? と、聞かれて、今は戦争でどこかの国に戦士として出張してるの。と返したり、好きな食べ物とかあるの? とも聞かれ、チーズと答えるといった。雑談をやりとりしながら。

どうやら本当に悪い人じゃないみたい。と、今度こそ彼女の事を信用した少女は、はたとある事実に気づいた。

 私、そういえばまだ裸のまま……

「あの、ララさん。服、着に行ってもいいですか? 裸だと、恥ずかしいし……風邪、引いちゃうかもしれないし……」

 いくら今が温かい季節だと言え、毛布一枚でいるというのは、なんというか、色々とダメな気がする。それに、 
 どうして自分の家なのに遠慮なんかしちゃってるんだろうなぁ。とか、どうして言い訳がましいこと言ってるんだろうなぁ、などと心の片隅で思いながら、メイリはララに問うてみる。

 当然、了承のセリフが飛んでくると思っていた彼女だったが、ララがふいに顔をそむけるような動きをして、ややあってこちらに向き直り、妙にしかめた顔つきをしたときに、少々不安が過ぎり、申し訳なさそうな声色でこちらに返答をよこした時に、その不安は的中することとなった。

「ごめん。今はまだ……服を着ても意味がないと思う」

 意味がない? 

 どういうことなのだろう。と、メイリがさらに問おうと口を開きかけたその時

「あのね。服を着てはいけない事には理由があるのよ。それを今から説明するから。だから、ちょっとだけ心して聞いてね、あなたは今―――」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ララは、自分の言葉を熱心に聞き入れてくれる毛布にくるまる少女の姿を見やった。

 二桁に届くか届かないぐらいの年齢であろう少女の顔立ちは今、自分の言葉を聞き漏らさんとわずかに険しい顔をしている。それでも幼げな堂顔はあまり崩れていないのが可愛らしいと言えば可愛らしいか。これは数年後にはかなりの美少女になっているんだろうなぁと、適当に彼女は感想を付けた。
 体型はまだ子供といった所か。毛布をくるまっているので、今は判別できないが、女性らしい体つきになるにはまだしばし時間が必要だろう。その割には毛布をかぶせる前に目視してしまった女性特有のふくらみがわずかばかり自分より膨らんでいるのを見て、少々落ち込んでしまったりもしたが……まあ、それぐらいはいいだろう。何よりこっちだってまだ成長期途中なのだ。挽回の余地は残っている。というか残ってなかったら泣く。比喩抜きで。 

「――と、まあ、こんな感じかな。あ、私の説明理解できた? まだあんまりこういうの慣れてなくて、あべこべな説明になってるだろうから。ごめんね」

「あ、はい。大丈夫です。………えっと、今、ララさんが手に持っているカップの中には、私の……生きる力を液体にしたものが入っていて。それがないと私は一カ月前後で死んじゃうから……その液体を体に入れなおさないといけなくて。そして、それを元に戻すためには。その………、………私の肌にそれを徐々に垂らしていくんですよね。すると、その液体は自我を持ったかのように私の全身に糊を伸ばすようにわたって、その後、徐々に体に吸収されていく。それを邪魔しちゃダメだから、服は着ない方がいい……。で、液体が全部私の体に戻るまでのその間、ものすごいくすぐったいけど、私は少しも動いてはならない。動くと、生命の流れが分断されて、結果、零れ落ちた液体を二度と吸収することが出来なくなっちゃって、今までに入った量だけで生きなければいけないから。……要するに、早く寿命で死んじゃうから。こういう感じ、でした……よね?」

 どこか行き詰まった表情でこちらを上目づかいで見つめてくるメイ。こちらの説明を自分なりに解釈したが、それが間違っていないかどうかが不安なのだろう。それを象徴するかのように、彼女の桜色の髪が左右に揺れる。

「うん、まあ大体そんな感じよ。……それにしても、随分と噛み砕いてくれてるわね。私がした説明よりも、メイがしてくれた説明のほうがよっぽど簡単でわかりやすい。ひょっとしたら、将来教師とか、そういうの向いてるんゃない? うん、きっとそうだよ。メイリちゃんの将来は教師とか、学者さんとか、そういうのになるんじゃないかな~」

 その言葉を聞いて、褒められた事を悟ったのか、曇りがちだった彼女の表情に少し明るみが差す。やはり女の子。それもまだ年端もいかない子供は笑っていた方が可愛いし、絵になるものだ。描くつもりはないが。

「と、言うわけで、さっそくだけど、メイリちゃんが寝ている間に準備は済ませちゃったから。早速始めようと思うんだけど。……大丈夫?」

 ハッとした表情でこちらを見つめ上げてくるメイリ。おそらく、彼女は今、つい小一時間前に行われていた非道な魔術によって自分がどれだけ羞恥と絶望と苦痛を感じていたのかを思い出したのだろう。心なしか体が震えている。そのいたいけな姿に若干心が痛むも、これは避けようのない出来事なのだ。
ならば、さっさと終わらせて彼女を不安から解放するに限るだろう。そう決断せざるを得ない。

「あの………私、また、あんなことをされるんでしょうか………」

 ララの推測は当たりだった。
 メイリは魔術という原理不明の出来事について、恐怖を植え付けられている。当然と言えば当然。あんなことをされたすぐ後に、もう一度魔術を自分の体で行うと宣告されて、何も感じない人間などいない。ましてやそれが、女の子で、子どもであるなら尚更だ。

 それでも、ララは魔術の行使を中止するわけにはいかない。彼女には魔術知識なぞ皆無の筈だ。でなければあの男が家に入ってきた時点でなんらかの魔術行動をとっているに違いない。が、家にはあの男が使った魔術以外の痕跡はみつからなかった。つまり、彼女は魔術とは全く縁のない人間だ。だとすれば尚更、放っておくなんて出来ない。

 自分がなんらかの処置を行って、片手に持っているカップの中に入っている生命力の液体を彼女の体に戻さでなければ、彼女は近いうちに死ぬ。わずか十年ばかりの人生で、その一生を終わらせてしまう。そんなことはララは許さない。

だから、多少強引でも、言う。

「大丈夫。あの男が使っていたような事はしないよ。これだけは保障する。私はメイリちゃんが痛いと感じる魔術は使わない。もっと別の方法を使う。……まあ、その代りちょろっと時間かかっちゃうんだけどね」

「本当ですか!? 私、またあんな痛いことされるんじゃないかと思って……不安、だったんです……」

「魔術にだって無数に種類がある。この液体を取り出す魔術にだって、痛みを全く伴わない物だってある。要は魔術を使っている人間次第。メイリは……私があんなひどいことをする人に見える?」

「あ、あの……今は………しないです。最初、初めて見たときは、ああ、この人もさっきの人と同じなんじゃないかって思ったりも………! あ、ご、ごめんなさい……」

 メイリが語る内容に、心中で苦笑いを浮かべる。

 まあ、自分に正直って事はいいことだしね。少なくとも、今はそれでいいと思う。

「あははは……まあ、初対面の人を警戒することは悪いことじゃないから。それに謝ってもくれているしね。私に怒る義理はないわ。………さて、それじゃ、付いてきてくれる?」

「今からあなたに、生命回帰の魔術を行使するわ」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 メイリは家の中でも最も広い部屋の真ん中で、すべてをさらけ出した姿で仰向けになって、体をIの字にした状態で空中に静止していた。その姿は、あの男にいろいろさせられていた時の状況とほぼ変わらなく、唯一変わってるところといえば、拘束の体制が大の字から万歳したまま直立する体制に代わっていることぐらいか、いずれにせよ、状況は大してあの時と変わっていない。怖さを感じるにはあまりにも十分すぎた。
 それでも、彼女が涙目にならずに済んでいるのも、今この処置を行おうとしている目の前にいる魔術師さんが懇切丁寧に、そして優しく今からすることを改めて説明し直しているからであろう。その声色は聞いていると自然と恐怖心が抜けきっていく感じがして、なんとなく心地がいい。

「じゃあ、今からこの液体を垂らし始めるからね。そこから先は……さっき説明したとおり、ちょっとどころじゃないほどのくすぐったさが襲う。だけど私が使える魔術じゃ、せいぜいこれが限界なの。もうちょっと私も修行すれば、それこそ一瞬で、何も感じることなく戻すことも出来るんだけど……。まだそこまで到達してない私じゃ、これが精一杯。痛くない方法で処置をするしか手はなかったの」

「ララさんの優しさは伝わりました。だから、私、耐えてみせます。……というより、体は全然動かせないんだから、絶対に耐えることは出来るんですけどね」
 
 はにかんで私は大丈夫だ。というアピールをメイリはしてみる。それが伝わったのかどうかはわからないが、ララは表情を緩めながら、

「……ありがとう」

 とだけ、言った。

「じゃ、行くわよ……」

「……はい」

 了承した直後、ララが右手に持っていたカップが傾けられ、その中に入っていた銀色の液体がメイの腹部に徐々に垂らされていく。

「! ふっっくぅ……」
 
 液体が垂らされた直後、冷たさに一瞬声を漏らしてしまう。しまった。と、恥ずかしさに頬を染めている間にも、液体は徐々にこちらへと垂れかけられていく。臍からうずまきを描くように徐々に、ゆっくりと掛けられる。
 
 それからしばらくしないうちに、全て落とし終えたのか、ララはカップを床に置き、おもむろに床に置いてあった杖を掴むと、目を閉じ、なにやら自分にはよくわからない言語を発し始めた。

 メイリが疑問に思っている傍ら、変化はすぐに起きた。ララの体が淡い緑色に包まれたかと思うと、その光は右手に持つ杖の先端に飾られた赤い水晶玉に収束し、一つの大きな光を生み出した。

 光が集まったのを見計らったかのように、ララは目を開けると、持っていた杖を真上へと放り投げた。
 上へと投げられた杖は垂直になった所で静止したかと思うと、先端に集まっていた光がメイリの全身を包み込むように照らされた。
 すると、今まで何も起こらなかった液体が、まるで生きているかのように躍動した。その突然の行動による驚愕と、急に震えだしたことから生じた微小なくすぐったさで、メイリは小さく、きから始まる悲鳴を上げた。

 生命の取り込みが、始まったのだ。

「う………んふ………。く、ひ………、ひひ……………」
 
 液体は生を得たかのように、臍回りから移動をし始めた。その速度は非常に緩慢であり、メイリはもどかしさを感じた、わずかなくすぐったさと同時に。

「気分はどう?」

「ちょっと、ひぅ! く、くすぐったいっっひゃっ!? です……。こ、これって、いったい何っきゃはっ! なん、ぷん。か……かるん。くぁっ。です、か……? ぁん……」

「う~ん、場合によるけど、メイリちゃんの場合だと。大体三十分ぐらいだと思う。メイリちゃんはまだ生命力の量が少なかったから、おおよそこのぐらいで終わる筈だけど。 ……………ッ!?」

 液体から送られてくる感触に必死に耐えながら、言葉足らずに説明を求めてきたメイに、ちょっと困った顔を浮かべながら説明していたララだったが、突然その顔つきを信じられない物を見たかのような物へと変化させると。慌ててドアの向こう。壁がなければ森の景色の一部が見えるであろう場所を一心に見つめたあと。振り返り、平静を装ったふうにメイリへと話しかけた。

「メイリちゃん。今から私ちょっと外に出かけてくるね。ほら。やっぱりメイリちゃんだって、今からちょっと……その、…………恥ずかしいことになっちゃうんだから、いくら女同士だからといっても、そういうのを見るのは流石によくないと思うのよね! 大丈夫! 外っていっても、空気吸ってくるだけだから、別に遠くに行くわけじゃない。だから、一人ぼっちになったとか、そんなんじゃないからね! じゃね! すぐ戻ってくるから!!」

 それだけ言うと、彼女はさっさとドアを開け。飛び出そうとしたところで、慌ててドアを閉めると、こんどこそどこかへと走って行ってしまった。

「あ! 待って! いったいなにがっっひゃひぃっあひっひひひ…………」

 止めようとしたメイリの言葉は、笑いを抑える声によって封じられ、消えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 不気味な魔力の気配を察して、メイリを守るべく息を荒げて外に飛び出したララがまず視界に捉えたものは、前方十メートル程離れたところにいる、異形な姿をした、生物なのかどうかすら判断のつかないものであった。

「キッヒヒ!! アニキの仇、ミ~ツケェタ~」

 頭の中で今起きている出来事を整理しようとした矢先。そんな声が届いてくる。どうやらこの生物は人語を解することが出来るらしい。だが、それに対して何か考察を考える前に、次々と聞きたい事、知りたいことが頭に浮かんでくる。それに

 今、あの化け物はなんといった!?

「なっえ!? こいつがあいつの兄だっていうの!?」

 ララが驚くのも無理はない。彼女の目の前にいるのは、全身が青色の、みるからに不定型な生物。人の形を模倣しそこねたスライムみたいな生き物だったのだから。
 全体像は人間のそれよりもはるかに巨大だ。二人程度ならすっぽりと収まるかもしれない。だがしかし、その形状はあまりにも人間離れしている。
 左腕であろう部分はドロドロと融解し、人間に例えると頭になるべき部分の半分も、気持ちが悪いぐらいに崩れている。どうみても魔物の類であることは明らかであった。そんな魔物が、曲りなりにも人間であったあの魔術師の兄である筈がない。

「ギヒヒ、違うゼェ~。こいつは俺の使い魔さァ~。俺自身はもっと遠いところにいル!自己紹介はもういいだろウ。コロス。あの女もまとめてコロォォオオオオオオオオオオオオオオオオオス!!!」

 言葉もそぞろに、魔物はこちらに向かって一直線に、文字通りこちらへと“飛んで”きた。正確には、自身の体をバネのようにして、その弾力を用い、想像を絶する速度でこちらへ突撃してきたのだ。

「っ!?」

 その突然の行動に、ララは慌てて右へと跳躍し、身を低くして転がり込み、回避行動を取ろうとする。
 ギリギリの間合いだ。魔物は回避すらさせまいとしているのか、両手を広げ、挟み込むように両手を前に振り下ろそうとしているのを横目でチラリと見たララは、地面に頭から滑り込むことも覚悟して極限まで身を低めた。
 そして、二つの影が交差する。
 魔物の右腕は、さきほどまでララの頭があった位置を通り過ぎ、ララは魔物のわずか下を掠りながらも潜り抜けた。
 回避は、間に合った。
 腕の短い左腕の攻撃をかわすように右へ跳躍したのが大きい。咄嗟にしてはいい判断だったと思う。
 だが、まだだとララは悟る、危機は去ったとは言えない。まだ初撃を避けただけだ。そして……、

 私の魔術使用の大部分を担う杖をミイリの治療に使っている今、こいつには勝てない……!
 
 だけど、ここで諦めたら、彼女は長生きできない。だから、少しでも逃げ回って時間を稼ぐ。 
そう思って、土埃にまみれながらも、ララは早急に立ち上がると、魔物の方に向き直る。
 そこには、こちらへと突進してきた反動で体制を崩し、今立て直しているであろう魔物の姿がある。筈だった。
 彼女が振り返った矢先に視界一面に捉えたのは、半透明の青色一色だった。それがなんなのかを脳が理解を起こす前に、彼女に事象が到達する。何も考えることが出来なかったララは、それを率直に受け止めた。

「ッッ!!!!????」

 訳も分からず視界が反転しているような衝撃をララは感じた。あまりの出来事に悲鳴すら上げることができない。ただ目を瞑り、衝撃が止むのを待った。

 彼女があれを魔物が肉薄し、その胴体で突撃していたからだと分かることが出来たのは、彼女ができることが全てなくなってからの事である。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 衝撃が止んでから待つこと数秒の後、彼女はゆっくりと固く閉じていた瞳を開けた。
 まず彼女が捉えたのは、目を閉じる前に見た光景と同じ、半透明の青色だった。あの時と違ったのは、視線をどこに移しても、その色の世界から抜け出すことが出来なかった事だろうか。

 ここにきて、妙に頭が冴え始めたララは、今、何が起こっているのかを改めて知ろうと脳を働かした。
 そして、何があったのかを判別するのに、そこまで時間は有しなかった。

 …………捕まった。か……ずいぶんあっけなく捕まっちゃったなぁ。

 そして魔物が出していたあの声も、魔物の声ではなく、操り主が出しているんだろうという仮定を落ち着いた頭で出してみるも、それがどうしたと言われれば黙してしまうような現状だ。なにせララは今、スライムの中に取り込まれたも同然なのだから。そんなことを考えてたところで何か事態が好転するわけでもない。

「ギヒヒ…………捕まえたぜェ……まずはお前から殺してやルゥゥウウ!」

『ふざけないでよ! そんなにやす……やす、と………………、……えっ?』

 思わず口元に手を追いやる。そして今の状況を疑いそうになった。しかし、ここは間違いなくスライムの中。スライムは水を媒介にして生まれる魔物。つまり、ララがいる場所はドロドロとした水中といってもなんら差支えない。それなのに、自分はなぜ、喋れるのか、息が出来るのか、声が通るのか。
 信じられない出来事が起きた事に驚きを隠せないのか、最初は流暢に喋っていたララだったが、徐々にその口が閉口し、ついには疑問の一文字が出るのみとなった。

「なんで喋れるか疑問かァ~? どうして息が出来るか不安かァ~!? ヒャハハ! そいつは俺が作り出した物だ! それぐらいの調整、簡単ナンダヨ! お前が苦しみながら死んでいく声を存分に聞きたかったカラナァ! アニキにこいつがどれだけ辛い思いをしながら死んだのか聞かせてやりたいからナァ!! さあ、聞かせてもらうゼェ~! ギャハハハ。ただでは殺ネェ。苦しんで、死ネ!!」

 そう言った直後、彼女を捕らえていた人間の形を起こしたスライムは、変化を起こす。そして、それは彼女が地獄の責め苦を味わう始まりでもあった。

『あふっっきゃ!! なっ!? みずがきゅうにっっふふふ!! きゃはははははは!!  あ! やめっっやめてっっんひゃは!! く、くすぐったい!! あ! あははは!! あはははははははははは!! このっっいひひひ! ひひゃははははっははははははははは!! 

「さぁ! 兄貴を殺した罪を償ってもらうぜェ~~!! ヒャハハハ!! 笑いながら死ぬって最高の苦痛だよナァ~~~~~!! 笑うってことは楽しいことなのにヨォ~! それがつらいんだからなァ~~~~~!! それって地獄だと思わねえェカ!?」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「あひひひひひひ!! ひ、一人にするなんて……ラ、ラさんっふひゃっ!? ひ……ひ、どいぃいひひひひ! やっやはははははっははっははは!」

 急に飛び出していったララの事をメイリは軽く恨みながらも、液体の吸収作業は滞りなく行われていた。
 杖の光がメイリの体を照らし、それに反応したかのようの生命力を液状化した物体が動きだし。体中のあちこちにその液体を伸ばし始めてから、かれこれ一分が経過しようとしていた。

 液体はわずかに振動しながら伸ばしている間も、むず痒いようなくすぐったいような奇妙な感触にメイリは踊らされ、年端もいかない少女とは思えないような妙に艶のある色っぽい声を時々漏らしていた。

「きゃはははははは!! あっっああッ!? んひゃひぃ!! ひひっっきひぃぃひひひひひ!! やっふひゃぁぁ~~~~~!! あっっあぁあはははははは!! うぁ! ぁぁあ~~~~~~~!!」

 液体が体を渡る速度は緩く、それがかえって逆に彼女の神経を疲弊させ、悶えさせた。事情を知らない人間が今この状況に出くわせば、彼女の体を液体を用いて長く弄んでいるようで、見方を変えれば陰湿な拷問を受けているようにも見て取れる。裸の少女を全く動けないように拘束して、全身を得体のしれない物に蹂躙する。このような感じに受け取ることも出来る。

 実際は拷問とは真逆の行為なのではあるが、体を全く動かせない、そしてその上で行われる行為というのは、やはりどこか嗜虐的、被虐的の感情を彷彿とさせてしまう。

「うっっくぁあ!! きゃひひひひひひ!! うっっくく…………!! んくくくくくくく!! くくくっっくひぃ!? ひひゃ!! あ、急にっっそんな!! あひゃぁあははははは!! はひひひひひひひ!! ひひっ! ぎひひひっひひひっひひひひひ!!」

 歯を食いしばり、笑いを必死にこらえている間にも液体はメイリの体に徐々に侵攻していった。初めは臍回りだけに集まっていたものが、いつしかそれぞれ分岐し、ある液体は下腹部を通って太ももへ渡り、さらにそこから下へ進もうとしている。
 
 ある液体は彼女が空中で拘束されているのをいいことに、臍からグルリと一周するように、脇腹、腰、脇腹と彼女の体を中心に輪を描くような移動をする。白い素肌に銀色の液体が到達するたびに彼女は小さく喉を震わせ、時にくすぐられると弱い部分を渡られたときは大声で笑い。また、敏感な部分に差し掛かられた時は快感に打ち震えた。

「ひひっっんひひひひっひひひ!! やっっこれっやぁ…………!! あは! あはははははは! やめっっふぁ! ふぁ~~~~~~~~!! あっ! あぁん! ぁぁあ…………!! あふふふふふふふ!! ふふぁっふぁひひっひひひひひひ!! ひひゃぁ…………ひゃははっははっはははっははははは!! くくっぷくくくくくくくくく…………!」

 体を動かしたい。動かして、色々なところを守りたい。液体を払いたい。こんなくすぐったいの。イヤ……。
 
 メイリはいくらそう思っても、魔術に関しての知識が皆無の彼女は、どうすれば拘束している魔術を解除できるかがわからない。なにをやればこの苦しみから解放されるのか見当もつかない。結果、メイリは何も出来ぬままに、液体が蹂躙するのを自分の体で感じ続けるしかないのである。それが例えどれだけ苦しくても、いかほどに辛くても。耐えるしか選択肢は残されていない。この液体を体が吸い込むまで、あと二十分以上もの間の時間を。

「あは! ひゃはははははは!! くすぐったい…………! こんなのっっんひゃはははっははは! 三十分なんて……、ムリひひひひ! 無理だよっララさっひぁあ!! ぁっ!! あっ! はぁぁ~っ!! ら、ララさぁん……あひひひひ!! ひひゃ! ひゃはははっははっは!! はひっはひぃひひいっひひ! こんなの、耐えられっはぅ!? はひひっひひひひひ! た、えら、れないぃ~~~~~!!」

 メイリは、今は近くにいないが、この治療を施してくれている親切な魔術師に抗議のような何かを発した。できればもうちょっとまともな方法でやってくれても良かったんじゃないかとも思うが、それは今の私では無理だったと彼女が公言していたのを聞いている以上、これは単なる我儘になってしまうのだろうか。だが、それにしても……、

「たく、さんっっんふゅ!! ふひひっひひひ!!  あ、あるんだったら、ひはっあははははは!! せ、せせ、せめてこれだけは…………あぅ!! んっん~~~~~~~~~!! はぁ……はぁ……、はふふっふふふふ!! 選択肢に、い、入れないで欲しかったです…………くあぁあ!! これ、つらいぃぃひっひひひひひひ!!」

 本人が聞いたらふくれっ面でもして、片手にどこからか持ち出した筆を使って抵抗できない彼女にお仕置きと称した軽いくすぐりでもやりそうな言葉をメイリは吐いた。が、その肝心な本人がいないのはこれ幸いであっただろう。

「あはは! はひっっはひぃぃいい!! いぁぁああ!! やはは!! やひゃぁははははははははは!! ぎひひひひひ!! あ、ぁぁ~~~~~~~!! く、くるひひひっひひひ!! くるしぃよ~~~~~…………!! あっあぁあぁ~~~~~!! ら、ララさぁぁん…………ひぁあ! ひはぁああはっはっはははっはっはっはははは!」 

 そうこうしている間にも、自身の身体に絶え間なく襲い掛かってくるくすぐったさは秒を追うごとに強まっていく。それを何とかしたい気持ちで一杯になるが、メイリはそれを何とかできる手段なんかない。何もできないもどかしさとそれによって発生するどうしようもない苦しさが彼女を襲った。
 
 メイリを困らせる原因の物質の大本は、定位置と決めた場所から動かず、枝を伸ばすように、血管を巡らすように、元々そこにある液体をなくさないようにして様々な場所に液体を到達させている。これによって、くすぐったさやら気持ちよさやらが増加こそしていくが、決して減退はしないようにしていた。何もかもが強まるのみ。そして、それを二桁に満たない少女である彼女が、まだ何も耐性という耐性を身に着けていない彼女が、長時間耐えれるものでもない。

「くふっっふひゃはっははっははははは!! もうっやっっあひっひっひひひひ! いっいぃぁああああ~~~~~~!! あぁあはっはっははは!! やっふぁぁ!! あ! あははははは………………はひっはひ!! ひっいひぃぃぃ~~~~~~!? ひっひははっははははは!! あっんあぁあははっはっはははっははははは!!」  

 微弱に振動しながら伸ばし続ける液体から体を丸めて身を守りたい。腕を下げて弱点である脇の下を隠したい。手をお腹にやって脇腹付近で震えている液体を払いのけたい。背中にも魔の手を伸ばし始めているこの銀色の物体をなんとかした。魔術さえなければそれが可能なのに。ララさえここにいればそうしてくれる可能性もあったのに。

 今は、出来ない。 

「あぁ!! んぁぁあぁ~~~~~~~!! あっははっははは!! うひひ!! ひゃはははっはははははははははは!! あははははは! ふぁぁあああ!! んふっふひひ ひひひひひひひひひひひひっひひ!! ひっうくっくぅぅ~~~~~~~~~~~!!」

 気が付けば、液体はすでに体のあらゆる所にまで達し始めていた。大きくさらけ出している脇の下にも、ピンと伸ばされ、何も防御する手段を持っていないない傷一つない足の裏にも、万歳で頭上に思いっきり延ばされた手首にも、臍から徐々に彼女の肢体への侵略を始めていた液体は到達する。
 
 液体はスルスルとメイリの足の裏の指の間、五本すべてを通り、中心地点を目的地としているかのように、周りの線をなぞり始め、中心点へと収束していく。同じように、彼女の脇の下もその中心を目指しつつ、かつ全体に行き渡らせるように、皺の一本一本を丁寧に上から被せるように動きながら、ピクピクと液体の到達を拒んでいるかのようにわずかに震える窪みへと着実に向かっていた。

「あははははははは! んきゃははははははははははははははは!! やだ! あしっっわきぃぃいひっひひひひひひひ!! ひひゃぁああははっははっははは!!くすぐっっぷひゃああははっはっははっははははは!! あはっあはっっあははははっあはははははははは!!」

 二つの大きな弱点を無遠慮に責められ、ついに我慢が効かなくなったのか、メイリは液体がまだ本格的な活動に移っていないうちから大声を出して笑い始めた。

「やめっっやめぇええへへへっへへへ!! いひっひひゃぁああははははっははっははっははははは!」
 
 耐えられないくすぐったさがメイリの全身を襲う。その中で、無我夢中で笑いながらも彼女は足の裏と脇の下の二か所をゆっくりと這うこの液体がどこに向かっているのかをなんとなしに把握し、恐怖していた。それは、五感の内の一つ、触感によってこの液体がどこに向かうかを知り得たが故に生まれた物。決して他人に触られたくない部分を遠慮なしに、容赦なく触られてしまう事への、そしてそのあとに何が待ち受けているのかを大まかに理解しているからこそ、メイリは泣きたくなるほど怖くなった。 

「いやっっいやぁあははっははっはははははははっははははは!! そっちっっいっちゃっ!? っ~~~~~~~~~~~~~!! っっははっははははははははは!! あははははははは!!そっちいかないで!! お願いだからっっんひゃははははっはははっはははっはあはははは!!」

 もしここにララがいるならば、彼女の悲痛な言葉に心を痛くして、一時的とは言え液体の動きを魔術で停止させ、休憩を取り、少しでも彼女の疲弊の回復と抵抗できないままに行われるくすぐりによる恐怖の取り除きに尽力しただろう。
 だが、今彼女はここにいない。何を思ったか、急に怖い表情を浮かべたかと思うと、突然外に飛び出し、後はそれっきりだ。すぐ戻ってくると言っておきながら、未だに帰ってくる気配はない。何かあったのだろうかと心配もしたいが、それよりも今はこのくすぐったさから解放されたいと無我夢中で考えることで彼女の頭の許容量は限界なのだ。

「おねがい! 止まってぇええへっへへへへ!! もうっっもうそこまでにしてぇえ~~~~~~~~!! はひっ! んぎゃははははははははは! あはは! はひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! おっおね、おねがぁあ~~~~~~~~っっ!!!」

 メイリの叫び虚しく、液体は足の裏と脇の下、それぞれの中心点に到達した。これによって、彼女は体の隅から隅まで液体が血管のように張り巡らされた。そして、二つの中心へと至った液体は今まで振動する動きとは違った、肌へ弱い力ながらも、僅かに押し込むような動きをした。それは振動する事しかしないと思っていたメイリには見事な不意打ちとなり、その今までとは明らかに違う動作に対して、彼女は、

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!? あっあっっ!! あぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

 一瞬息を詰まらせ、甲高い喘ぎ声を上げた。
 
 このままいけば、一秒もしない内に喘ぎ声は笑い声に代わり、二度と止めることのできない苦しさに見舞われていたことだろう。
 だが、そうはならなかった。

 液体の振動が、押し込みが、一斉に止んだのだ。

「~~~~~~~~~~~~~っはっぁあ!! はひっはひっはひひひ…………ひぃ…………ひひ………。ひぃっっひぃ…………」
 
 突然止んだ刺激は、ミイリに予想だにしない休息を与えた。生命力の液体は肌に付着しているのを見ると、これには何か意図があるんだ。まだ休んではいけないんだ。と、気を抜いてはいけない事を傍として思うが、体力の消費はごまかせない。
 力の抜けた笑い声と切れ切れになる呼吸を正常に戻そうと、一心に深く深呼吸し、息を整え、体力の回復を待つ。
だが、それは始まりに過ぎなかった。銀色の液体が彼女の身体へと戻る行為は、まだ前段階、準備が終わっただけである。
 準備は整った。あとは、始めるだけ。

 そして、それは彼女の体調の回復を待たずに、唐突に始まった。
 
 血管のように全身まで伸びきった液体が、先ほど脇の下と足の裏の中心点で行ったような肌に少し凝固した液体を押し込む動作を、隙間一ミリ単位の感覚でそれを行ったのだ。あの時と違うのは、それに追加で人間が最もくすぐったいと感じる程度の振動を加えているところであろうか。いずれにしても、今までとは段違いのくすぐったさを送り込んでいることは間違いない。

「ッっっ!? あぁあああああああああああああああああっっっ!!! い、いやっっいやぁっ!! あっあぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」

「っっっっははははは! あははは!! あははははははははははははははははは!! あはははははははははははははははははは!! あぎゃっ! ぎゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははは!! うぎゃはははははははっははははははははははははは!!」

 しばらくは何も起きないと思っていたメイリに、この不意打ちはあまりにも強烈すぎた。
 その責めは、ミイリに一瞬たりとも堪えることをさせず、ただただ笑い声を捻り出させた。

 メイリ

「いやっっいやいやいやぁああはははっはははははははは! くっくくくくくすぐったっっくすぐったぁあああい!! あ~~~~ははははははははははははははっっいやっっだめぇええへへへへへへへへ!! やめ、やめて~~~~~~~!! うわひゃはははははははっははははっははは! やめてよぉお~~~~!! いひゃああっあはははははははっははっははははは!!」


 けたたましい笑い声をこれでもかと迸らせる。
 見ると、体も小刻みに震えているのがわかる。空中、両腕を真上に挙げている姿勢で硬直させている所での激しい責め、体を動かすことが出来ない反動が全身に行き渡っているからだ。
 何かに体をぶつけて、ささやかな逃げ場を作ることすら見出すことのできないこの刺激はメイリの神経を大いに狂わせる。

「しっしんじゃあぁああはっはっははははははははっははははは!! ほんとっほんとに死んじゃうよぉ~~~~~~!! あははっはははははははははははっ、ぎゃははははははははは!!」

 今まで液体が体を這っていた時に感じていたくすぐったいのは余興にすぎなかった。あれは本当に準備で、真の辛さはこれからだった。それを己の身体で思い知ることになったミイリは、文字通り全身を蹂躙される苦しさを、笑い声で示し、訴えた。

「んぎゃはははははっははははははは!! つらっっはひゃあははっははっははははっはっははっははははははは! つらいぃひひひっひひっひひひひひ!! やめてっっこれ、止めてぇえええへっへへっへへへへへ!! あはははは! うひゃははははははははははははっははははっっみゃははははははははははは!!」

 体中の弱点を文字通り一斉に責め立てられたミイリは、家の外まで響くような大声で叫び散らす。
 脇の下を一世に細く、柔らかい針で一気に弱く突き立てられているようなとても耐えがたい刺激に、足の裏の敏感な部分を余すところなく同時にくすぐり責めされる苦しみ、お腹、腰、脇腹といった、くすぐりという刺激に対してあまり抵抗力を持たない部分を無遠慮にくすぐられる辛さに、メイリは大きな反応を示す。

 小ぶりな胸全体や太もも、お尻、足の付け根といった女性にとって非常に敏感であろう部分も断続的に液体からの攻撃を受けては、嬌声とも笑い声とも取れるものを発する。そのどっちつかずの反応を示しているかと思えば、背中や首筋、膝小僧やふくらはぎを責めてくる液体によって、強制的に笑い声に変換させられる。そんな行為が延々と続いた。

「く、くすぐったぃ~~~~~~~~~~~~!! っっいひゃぁああはははっはっははあはっはははっはははははっはははははは! こ、これっっこれぇえへへへへへへへへ!! くすぐったいからぁあああはははっははははっははははは!! だめっっやめっっいやぁあはははっはあははははははははっははははははっはははは!」
  
 大声を上げる度に体の芯が段々と熱くなっていき、溜まった熱を排出するために体中から汗が流れ始めた。
 眉は深く垂れ込み、眉間に皺が寄った。
 瞳からは今までため込んでいた涙がこれでもかといわんばかりにあふれ始め、最早一秒と閉めてられない口からは透明の液体がとめどなく流れようとしている。
想像を絶するくすぐったさに何も考えられなくなり、頭の中が真っ白になっていく感覚をミイリは覚えた。
 
「くふぅぅっっふひゃぁあああはっはっはっははははっははははっはははは!! くるうっっんひゃははははっはは! こんなのぜっっははははっはっははははははははっはははははは!! だ、だ、だめえええええええ~~~~~~~~~~~!! あひっ!? あ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! た、たすけっっああははっははっははは!! ララさんたすけひぇへへっへへへへへ!! い、いやぁぁああああああ!!」

 手足をジタバタ出来ない。頭を振り乱すことも許されない。体を左右に捻ることも、転がすこともやらせてくれない。助けを呼んでも来てくれない。
 地獄。そう表現する他に妥当な物が見つからなかった。これならいっそ、痛みを伴う方法のほうが数倍マシだったのではないかと後悔せずにはいられない。
 こんな地獄が、あといつまで続くのだろうか。

「いひゃははははっははははははははっははははは!! も、もうっっもう終わって~~~~~~~~~~~!! ひぐっ!? ぐ、ぐひゃははははっははははっはははははっはははは!! こんなのっっおわってへへへっへへ!! あっあはははははははははは!」

 液体は、ミイリの柔肌に凝固させた部分を振動させつつ、弱く肌に押し込んだ部分から、徐々にだが彼女の体に戻ろうとしていた。すでに吸収は始まっていたのだ。
 それが彼女からは見えていない、気づいていない。もしくはくすぐったさに意識が集中し、そちらにまで気が回っていないだけで。

「ぐふふふふふふふふふ!! ぎひっ! ぎひゃはははははははっははっははははははっははははは!! あっっあひゃ!! ひゃひゃはぁあああ~~~~~~~~~!! んぁっっやだっっやぁあああはっはははっはあああははははっははははははははは!」

 時間はすでに二十分は経過していた。液体の量も最初の時よりは明らかに量が減少している。彼女の体に戻っている証拠であった。体の隅々まで血管のように張り巡らされていた液体も、所々途切れている箇所も見受けれる。それでも、メイリに絶え間なくおそってくる液体の感触はいつまで経っても慣れるものではなく、延々と彼女は弾けたように笑い続けた。

「あははっはははははははははは!! あはっ くるひひぃっっひひゃははははははははははははははは! いやぁっっ!! いやぁあああははっははっははははっははははははははっははは!! しんじゃうぅふふふふふふ!! ふやぁああははっははははははは!」

 液体が戻りきるまで、あと十分。液体が少なくなるに比例して、ミイリが感じるくすぐったさも減退する筈なのだが、二十分近く延々と止まないくすぐったさに苛まれた少女は、最早どれだけ軽い刺激でも、ビクビクと体が反応し、必要以上に悶えてしまうように体が出来上がってしまっていた。

「く、っっくひゃぁあああはっはっはははっはっははははははは!! っふぁあっっあ! あはっっきゃははははははははははははははははははははは!! だめぇ~~~~~!!」

 彼女が地獄から解放されるのは、もう少し後の話である。

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『あはははっあははははは!! やめっっやめてぇええええ!! これっっんぎゃはははっはははっはははは!! く、くすぐったっっいひゃぁああはっははっははははははははははは!!』

「アァ!? やめる訳ねえだロ!! そのままずっと苦しむんだヨ! お前ハァ!!」

『そ、そんなっそんっっぐひゃぁあ!? ひぎっっぎひっぁあああはっははっははははっはははは!! やっっやめっっいやぁあははっははははっははっはははっはははは!! 全身がッっっ全身がぁぁあああはっははっはっははははは!! あっあっっ!! あっぁあ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!』

 時間は二十分ほど遡る、不穏な気配を見つけ、慌てて飛び出したララは、メイリの生命力を取り出していた魔術師の兄が操っている巨大人型スライムに襲われ、その力に適わず、呆気なく捕らえられ、弟への報復としてスライムの中で弄ばれていた。

『ひっっひぃぁあぁあああっはははははは!! こんなっっこんなのっ!! っんぁぁああああ!? あっあぁぁあ!! あーーーーーはははっははははははっははははは!! あはぁああははっははっはははっはあはははっははっはははははははっはははは!!』

 一見すると、特に彼女を笑わす要素を満たすものはスライムの中には存在せず、何も起こっていないように見える。
しかし、それは誤りで、実際にはスライムの中の液体が細かに躍動し、ララをマッサージする感覚で蠢いていたのだ。

『ひっっひぃぃはぁあああはっはははっははっははははははははは!! やっっいやぁあははっははっははははははは!! やめっっもうやめっっみゃひゃぁああっ!? うぁっっははは!! うわはははははははははははははははっははははは!!』 

 体の至る所を、無秩序に、無作為に、そして不意に揉み解される感触はララの我慢を容易く打ち破り、彼女を笑い責めに陥れる。
 勿論、ララも抵抗はしていた。スライムの中に閉じ込められただけで、呼吸も出来るし、手足も拘束されていない。スライムによって延々と息が出来る水中の中で限られた場所を泳いでいるといった、ちょっと変わった状況と言えるが、比較的自由の身なのである。だから、彼女は抵抗らしい抵抗を行うことが出来るのである。それが、なんの実も結んでいないだけで。

『ど、どうしてっっぎひぃっ!? ひっひひひひひ! あっぁぁあああっ!! あははははははっはははっははははははっははははははは!! どうしてこんなっっっはははは! い、いやぁあぁあははっはははっははははは!! が、がまんできないぃいひっひひひひひひひひひ!』

 細い腰回りを一斉にマッサージされるかのような刺激を受けて、慌てて手をそちらに持っていけば、今度は太もも全体が無差別に揉まれ、堪えようのないくすぐったさが湧きだし、それに対してさらに手をあてがれば、また別の場所を、といった。ララにとって辛く、陰湿な責めが続いた。

『もうやだっっこんなっっはひひひひいひひっひひひ!! こんなぁああはははっははははははっはははははははっはははは!! いやっっいやぁぁあああ!! くすぐったいぃぃいいいひっひひひっひ!! ひひゃぁああはははっははっははははっははははっははははははは!!』 

「ギャハハ!! どうだ! そこで踊るダンスは楽しいかオイ! 俺は楽しいぜェ……お前がそうやって無様にあがいているのを見ているのはナァ!」

 手をせわしなくいろんな箇所に持っていき、少しでも体を庇おうともがいている姿があまりにも滑稽に映ったのだろう。男は狂気とも例えられそうな笑い声を浮かべながら、苦しそうに悶えるララに責めを続けた。

『ふざっっふざけっっんぁぁあああっっ!? ふわぁっ!! あっふぁ!! ぁぁあああああ~~~~~~~~~~~~~~!! あははははっはははははははははははっはははは! 背中ッっ背中だめぇえええ!! て、手が届かなっっ!! いにゃぁ~~~~~ははっはははははは!! いやっっいやああははっははっははははははっはははははははははははは!!』

「こんな状況でも強がりを言えるとはナ。だが、言葉は選んだほうがいいゼェ。なにせ、俺は今お前を好き勝手に出来るんだからナァ! ギヒャハッ! そう言えばよウ、お前は脇が弱いみたいだナァ?」

『ッ!? それはっっはひゃははははっはははははは!! はひっっひあぁああはっはははっはははっはははははははは!!』

 体をあちこちに動かしながら悶えながらも、先ほどの男の言葉を聞いて、反射的に脇をしめる。
 しかし、無駄だと心のどこかで思いながらも、本能から体制を整えた彼女に訪れたのは、予期せぬ場所からのいたぶりであった。

『っっっはひゃぁあああっっ!!? お、おなかだめええへっへへへへへへ!! いひゃっぅあぁああはっははははっははははははははは!! ず、ず、ずるいっっこんなっっう、うそぉぉ~~!! んぁああはっはははははははははははっははははっはは!! きゃひっっいやぁあ~~~~~~~ははははははっはははははははははははは!!」

 全く意図していなかった部位である腹部から今までよりも遥かに強大に感じるくすぐったさに、脇をしめていた腕を早急にお腹に持っていき、少しでもくすぐったさを誤魔化そうと努力する。しかし、一度襲い始めたソレは、安々と彼女から離れない。
 同じくすぐったさであっても、待機していた場所とそうでない場所では、集中力が行き渡っていない分、何倍も余計にくすぐったく感じる。そのいい例がララを襲った。

『おにっっおにぃいいひひひいひひひひひっひひ!! いっそっっ!! ぎひひひひひひひ! いっそ一思いにっっあはははっははっはははっははははは 一思いにやったらっっうひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! あはは!! きゃぁああははははははっははははははっはははっははははははははは!!』

「そうかい じゃあお言葉に甘えテ。一思いにやってやるヨ」

『ひっひぁぁあああっっ!?』

 男の言葉の後、もっとも弱い部分から、もっとも来て欲しくない刺激が訪れ、数瞬の時間を置いてララの全身に迸り、そこからくる感触に思わず声を荒げ、体を仰け反らした。

『い、いや………………、やめっっおねがい!! それだけは死んじゃっ! やめ、やめてぇええええええええええええ!!』
 
 お腹から感じる耐えられない刺激をなんとかしようとしていたため、腕は閉じられていなかった。だから、それは容易に侵入することが出来た。

 ララは必死に懇願した。


 それでも、行為は行われた。


『ひっっ!! ひぁぁああああああああああ!! あはは! きゃぁああはははっはははははっはははは! や、やだ!! やだやだやだーーーーーーーー!! あぁああははっはははははははははははははは! く、くくくくくすぐったい!! くすぐったい~~~~~~~~~~~!! いやはははははははははっははははははははは!!』  
 
 音を立てながら滅茶苦茶に脇の下をかき回される感覚に、絶叫し、笑い苦しんだ。
 もはや脊髄反射の要領で腕を占め、防御を図る。

 しかし、

『ひひっっ!? いやぁあはあはははははっはあははははは!! だめっっだめへっへへへへへ!! んひゃはははっはあははははははははは!! ど、どうしてっっいつもならっっわひゃははははははっははははは!! いつもならぁああ~~~~~~~!! あぁあはあっははははははっははははははははははは 死ぬっしぬぅぅふふふふふふふ!! ふひゃぁあははははっはっはあっははははははははは!!』

 先ほどまでなら、防御の姿勢を見せればくすぐったくなる場所は移動させて来る筈だった。少なくとも、今までは全てソレだった。胸に手をやれば膝小僧に、膝に手をやれば今度はお尻に、そうやって、抵抗できるくせにロクな成果を出せないまま、それでも、体が反射的にそれを求め、結果、無駄なあがきをさせ続けられた。
 
 だから、今回もそれだと思っていた。脇をしめれば、確実にこの感情はどこか別の場所から新たに発生し、今の場所からは消えると、そう思い込んでいた。
 だけど、結果は彼女に残酷な結果しか残さなかった。
 いつまで経っても、脇からのくすぐったさは消えなかったのだ。

『うぎゃははははははははははは!! あは!! よわいっっそこはよわいぃぃひひひひひひひひひひ!! ひやぁあああはっはははははははは!! お願い!! もうやめて!! 脇はやめてぇえええ!!! あはははははははははははははははははははは!! お願い! どこかっっ別の場所にっっおねがぃぃひひひひひっひひひひ!!』
 
 首をいやいやするように振りながら、ララは堪えられない感情に翻弄される。
脇を閉じても、くすぐったい場所が変わらない。それどころか、腕を閉じて、水を挟んでしまったことで余計にくすぐったくも感じる。しかし、閉じずになんかいられない。悪夢のような悪循環が彼女を襲っていた。

『あははははははははははははは!! やめてっっもう脇はっっわきはぁああははっははははははっははは!! い。いや~~~~~~~~~~~~!! いや! いや!! いやぁあああはっはっははっはははははははっははははははは!!もう、もうっっふひゃひゃはははっははは!! あはは! くぁぁあああ~~~~~~~~!!』

「ヒヒ! 責めるのが脇だけだと思ってんのカァ。その甘さ。後悔させてヤルヨ」

 男がそういった直後、脇から伝わる抗いようのない感情に身悶えていると、突然自分の胸部から、今まで自分を苦しめ続け、そして今も自分を苛む忌まわしい刺激が襲い始めた。しかも、それは今までのように服の上からではなく、服の中から揉み解していて、今までよりも一層危険で、妖しい感覚だった。

『う、うそっっ一か所だけじゃっっふふぁぁぁああ! あっだっっんひゃはははははっはははははは!! むりっっむりいぃい~~~~~~!! この二か所はっっあっあぁぁ~~~~~~~~!! いやぁあはははっははははは!! はっはぁぁああ~~~~ははっはははははははは!! やめ、だめっっいやぁああああああああああ!!』

 脇から襲ってくる刺激はそのままに、胸から新たに送り込まれてくる感覚はララを大いに悩ませた。
優しく触られているかと思えば大胆に、そこから生まれる快感に否応なく震えていると、その刺激は急にくすぐったさへと変貌し、それと同時に脇から感じる刺激も強さを増して、快楽を知らず知らずに内に求めていたその体は突然の変化についていけず、大声で笑い悶えてしまう。

「ヒャーハハハハハ!! さあ! お前はどこをその頼みの両手で守るんダァ!? 脇カァ? それとも胸カァ!? 好きな方を選ぶんだな! ギャハハハハハ!!」 

 私の体で楽しんでる。そう感想を抱くには十分すぎるほどの下劣な笑い声がララの頭の中に響いた。
 脇を閉めれば、くすぐったさを気持ち誤魔化せるような気がして、でもそうすれば胸の快感ともくすぐったさとも取れる感情には何も対処できなくて、
 じゃあ胸を庇えば、確かにそういうのから少しは逃げれるのかもしれないけど、そしたら今度は一番の弱点からくるくすぐったさを甘受するしかなくて……、

 どちらにしても待っているのは耐えられない地獄。選べない二択をララは迫られていた。
 
『あぁっっあぁあっぁははっはははっははははははは!! いやっっどっちもえらべなっっふあぁぁぁあ!! あっあっっっあぁぁ~~~~~~~~~~!! ふふぁっぁぁ~~~~!! あっはひぃっ!? ひはっひはははははは!! は~~~はははははっはははははははは!! いやっこんなのいやぁあははははははっははははっははは!!』

 悩ましげに体を捩りながら、官能とくすぐったさに身悶えながらも、彼女が決死の思いで選んだのは、脇だった。
 
 やっぱり、ここをくすぐられるのだけは、耐えられない。例えこれが意味のないことであっても、腕をここから離すなんてことは……出来ない……。

 脇を襲うくすぐったさが腕を閉めても変わらないのは体験済みだ。それでも、それでも彼女はこちらを選んだ。否、選ぶしかなかったのかもしれない。

「お前が選んだのはソッチカ。なら、選ばなかった方であるコッチは好きにさせて貰うゼェ!! ヒャハハ!! お前の選択の結果ダ! ありがたく甘受シナ!!」 

『あっふふふふふふ!! うあぁっっうぁぁあ~~~~~~~~~!! いぁっっんひぁああはっはははははははっはははは!! こんなのっぁぁあぁあ!! はぁ、はぁ~~~~~~~~~~~!!!』

 途端に、胸への責めが激しくなり、どこかがキュッっと熱く疼いたのを感じた。そして朧げに思う。このままでは流されると、女としての一つの終着点に達してしまう、と。それをどこか否定しない。受け入れようとしている自分がいるという事も、どこかで自覚していた。
 しかし、その想いも男の手によって踏みにじられた。

「クク、二か所じゃ不満ダナ! ギヒャハハハ!! ここも責めてやるカ! 羽の生えた天使は哀れ地に堕とされるッテナァ!!」

『はっはぁぁはっはっはははははは、こ、こんどはなにを…………ふあぁっくふっふふふふふ!! ふぁっっあぁっっん~~~~~~~~~~~~~~!! する、のっっあぁっっ!? やっっそんな!!? よ、よして!! そこはっっそこはぁぁ~~~~~~~!!』

 瞬間、ムンズとした感触がララの足裏を貫いた。それで今度は何をされるかを具体的に察したララは、実行しようとしている男へやめるように涙目で頼む。
が、その答えは、実行に移されるという形で帰ってきた。

『ひっひぎゃぁぁああああああああああああ!! あはっっうぎゃははははっはははははははははははははははは!! あ、あぁぁああああ!! あっっあははぁああははははっははははははっはははははは!! しっしんっっぶひゃははははははははは!! 死んじゃうううう!! こんなのっっこんなのぉぉ~~~~~!! いあぁああははははっははっははっはははははは!!』

 靴の中で淫靡な音を立ててマッサージ、こねくり回し、突っつきを絶え間なくスライムは行っていく。
 ただでさえ脇と胸による刺激に苦しんでいる中で、こんなことをされたララは、狂わんばかりの大声で笑い悶え始めた。

『くすぐったぁあぁ~~~~~~~~~~い!! あしっあしくすぐったぃぃいっひひひひひひひひ!! ひひゃぁああっはははははっはははははは!! だめっいやぁあはっははははっはははは!! 胸もわきも、あしもやだぁああ~~~~~~!! やぁ~~~~~~~~~~はははっはははははははははははは!』
 
「キヒヒ! 靴が守ってくれているからここは大丈夫とでも思っていたカァ!? んな訳ねえだろうガ! 水はどこにでも入り込ム!! どんな隙間からでももぐりこみ、やがてその場所を覆い尽クス!! お前の全身は既に俺の玩具なんダヨォ! お前が死ぬまでナ!! ギャハハハ!!

 無我夢中で足をジタバタとがむしゃらにバタつかせてみるも、靴の中、それも靴下を貫通して素足から直接通じてくるくすぐったさは一向に収まらない。
 恥を捨ててどれだけ激しく足を振ろうとも、靴の中からグチョグチョと轟き、無遠慮に素足を責めてくる液体を払えない。

『あははははははっはっはははは!! やめっっやめひぇへへっへへへへへへ!! くるうっっくるっちゃうぅぅふっふふふふ!! ふやぁあああはっはははっははははは! いや、いやいやいや~~~~~~~~~~~~~~~はっはははははっははははははははははは!! も、もういやぁぁああ~~~~~~~~!!』

「ギャハハ! いい恰好じゃねエカ! オラ! もっと踊レ! 弟を殺した事を後悔しながらナァ!!」

『も、もうゆるしっっあひいひひひっひひひひひ!! んひゃぁあ~~ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ! あははっあぁぁあ~~~~~~~~~~!!』

 拘束されていないのにどこに足を動かしても、途切れることなく永続にピンポイントで責めてくるスライムに軽く絶望を感じ、込みあがってくる笑いにどうしようもないながらも、靴さえ脱げば、少しでもこの苦しみを緩和できるのではないかと思い、ララは急いで靴を脱ごうと、手をそちらに持っていこうとする。

 だが、

「おっと! そうはさせネエ!」

 足まで手を持っていこうとしていた矢先、胸元付近で肘から上が何か拘束具のようなもので固定されたかのように突然動かなくなった。
 何が起こったのか理解できなかった。ただわかるのは、いくら力を込めても、二の腕が所在なさげにやんわりと動くだけで、一番動いてほしい肝心の関節部分が全く動いてくれなかった。

「液体を固形化することで、任意の場所だけを動かなくサセル、こいつの能力の一つダナァ」

『えっ!? やっやだっっ! ヤダヤダ!! はなしっっはなぁあははっはははっはははははっははははは!! はなしてっっうでっうでぇえ~~~~~~~~!! うごかっぅぶひゃはっはっはははははははっははは! いやっっこんなのいやぁあぁ~~~~~~~!! んひゃぁあはっははははっはははははっはははははは!!』

「靴を脱ごうとか、そんな浅はかな考えをしちまったやつには、お仕置きだ。ギャハハ! 見えない所から不意打ちにくすぐられるのも良いが、目に見える物でどこをくすぐられるのかハッキリと視認させて、抵抗させないようにしてくすぐるのも、また格別だゼェ! ほら、前を見てみな」

 男の言葉の後、その真意を測るために前方を見ると、体内にあった水を寄せ集めたような青色で出来た大きな両手が出現していた。

『う…………ぁ……!」

 指先がわきわきとこちらに見せつけるように轟かせ、徐々に接近してくる手の存在に、これから何をされるかを察し、絶句し、僅かに体を引く。しかし、腕を拘束されている以上、移動できる範囲は限られており、手の接近を拒むことは出来ない。

『い、いやぁ……こないで! 来ないで!! お願いだからこっち来ないで!!! いや! いや! いやぁ~~~~~~~~~~~~~!! 許してッ謝るから許して!!』

 焦らすように、恐怖を煽るようにゆっくりとララに近づいていく。いつの間にか足の裏、胸、脇の下への刺激は止んでいた。しかし、それすらも気づかない程にララは目の前の物に怖じ気ついていた。
 そして、それはゆっくりと彼女の量脇腹を覆うように十の指先全体で両脇腹を軽く押さえた、

『ひっっ!!』

 今までのくすぐられて体が異常に敏感になっているのか、たったそれだけの行為で僅かに苦悶の声を漏らし。くすぐったかったことを表に出す。
 それを見計らった直後、十本の指が一斉にコチョコチョと動き出した。

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~!! あぁあああはっははっははははははっははははは!! いやぁははははははは!! それだめ! もうだめぇえへっへへへへっへ!! あっあぁああはっはははははははは! やだっこちょこちょやぁぁあああはっ/はははははっはははははっはは! ゆるしっっゆっっっふひゃははははっあはははははははは!』

 とてつもないくすぐったさはララに地獄の苦しみを与えた。

 脇腹をくすぐる両の手は、一本一本にそれぞれ命が吹き込まれているかのような巧みな動きでララを翻弄した。括れをつつかれ、指の腹を僅かに振動させながら肉を押され、指先でこちょこちょとくすぐられ、やさしく摘ままれ、強引に揉み解された。
ララ

『あはははははははっはあはははっはははははは!! ぜんぶっっぜんぶだめぇええへっへへへへへ!! んふあぁぁあはっははははははっはははは!! っっはははっははははっはっはははははは!! やっやっっやぁぁああはっははっははははははっははははっはははは!』

 体を右に左に捻らせ、足をじたばたと暴れさせて、手を振り払おうと目論むも、足では到底振り払うことなど出来ず、体を捻る行為にしても、両方から襲われている以上、右に行っても左に逃げても待っている結果は変わらず、具体的な解決策には繋がらない。
 ならばと体を前後に揺らしてみるも、両の手は的確に追いかけ、少しの間も彼女に休息を与えなかった。

『あはっはあっはははははははは!! くるしっくるしぃいひっひひひっひひひひひ!! ひやぁあぁあはははっははははは!! だめっっうひゃははははっははあははははははははははは!! くすぐったい! くすぐったいぃ~~~~~~!!』

 腕を封じられ、今までの様な儚くも絶対にすることが出来ていた抵抗が全く出来ないというのはララにとって想定外の苦悶を与えた。
今までなら、これによって気を紛らす程度のことは出来ていたのだが、今回はそれすら出来ない。文字通り黙って体で受けるしかなく、それに耐えれるほど、彼女は屈強の精神を持ち合わせていない。

 ララは、陥落した。

『はぎゃはははははっはははははははは!! へっへんになるぅ~~~~~~~~!! このままじゃ…………あははっはははははははははっはははは!! このままじゃぁぁああ!! っはぁぁぁっっ! あぁぁああああっはあっはっははははははははははははははははははは!!』

 くすぐられて死ぬ。冗談抜きで殺される。本気で彼女はそう思った。

「もう、もうやぁぁああははっはっははははっははは!! んひゃひゃひゃっっひゃはははっははははははははは!! ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいーーーーーーーー!! も、もうやめっっいやぁああはっはっはははははっはははっははははは!!」

「ギャハハ! じゃあ一旦止めだ!」

 男の笑い声が響いたかと思うと、何の気まぐれか、今までララを散々苦しめていた手が瞬く間に溶け去り、水の中へと消えた。
拷問が始まって以来。初めての完全なる休息を得た彼女は、力を失ったかのように頭を垂れたまま、無作為に今まで吐き出すしかなかった酸素を取り戻すように呼吸を繰り返した。

『あは……あははは…………、もっおわっおわって……』

 笑いの余韻を残しながら、悲痛な声でこれ以上のくすぐりを止めてと訴える。それに対しての男の言葉は極めて冷酷だった。

「ギヒャハハ!! じゃあその要望に応えてこれで終わらせてやるヨ! 今まで楽しませてくれてアリガトサン。…………死ねヨ」

 男の死刑宣告が放たると、彼女の腕の拘束が外れ、力を入れていなかった腕はだらしなく水の浮力にまかせるように浮いた。
 それと時をほぼ同じくして、ララの全身の皮膚が、肉が、柔らかくグニュリと刺激され始めた。それはスライムの中に囚われているという事を、全身を支配されていることを改めて思い知らされているかのような、逃げ場のない。何をしても助からない。

 全身責め。今までの行為で知り尽くされた弱点や、それ以外のところも全部まとめてくすぐられる、処刑のくすぐり。

『っっうぎゃははははははははははは! ぎゃぁああはははははっははははははははははははははは!! いやっっぜっっ、いやぁあははっはははははははははっはははははははっははははは!! あっあッ!! あぁあぁぁぁあ~~~~~~~!!! っははははっははははははははっははははは!』

 その想像を遥かに凌駕する刺激に、もはや条件反射で腕に力が込められた。拘束は既に外れている、今までのように防衛に回ることが出来る。しかし、彼女が守れるのはせいぜい両手分、二つまでだ。
今彼女を襲っているのはその二つを遥かに超越している。
全身。
 正真正銘の全身がスライムによって揉み解されているのだ。どこに手をやっても何も変わらない。ましてや手をどこかくすぐったいところへ持っていくという発想自体がくすぐったさで頭がいっぱいになっているララには出てこず、潰される。

『ひぎゃははっははっははははははっはははははははははははは!! ばひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! ぁああっっ!! っっぁぁあああーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』

 一際大きい嬌声を上げたのち、遂にララは最後の逃げ場である気絶に陥り、闇に落ちた。

 だが、彼女をくすぐる行為は全く収まらず、果たして彼女はくすぐりによって強制的に意識を戻され、意識がもうろうになっているのもそぞろに、再び死んだ方がマシだと思うほどにくすぐられ始めた。

『ケホッゲホッッ! っっっ!? ッッあぎゃははははははははははッ!! あぁ~~~~はははははははは! 殺してっっいっそもう殺してええええ!! あはははははははははは!! ひと思いにっ、もうひと思いにぃぃひひひひひひひひひっひひひ!! ひひゃぁあははははははは!! あははっははははははは!! も、もうくすぐったいのいやぁぁあ~~~~~~~~~~~~~~!!』  

 くすぐりによって強制的に意識を覚醒させられ、その中で最早自分に何も希望が残されていない事を痛感する。咽び泣き、嘆願するも、それでも全身を苛むくすぐりは収まらず、ララは気絶、覚醒を延々と繰り返した。

『あはぁぁははっはははっははははは……! あは……! ぎひゃははははははっははははははっあはははははは………………!! うぁっっあぁぁぁ~~~~~~!! 殺して……ころっっあはっははははっははっはははははは………………!! あっっいやぁ…………ぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~!!』

 再び意識がもうろうと闇に落ちようとしていく中、ララの視界の隅にとある人影が見えた。

 ララがスライムに捕まってから、三十五分が経過。笑いによって窒息死する寸前まで彼女は追い詰められていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「きゃ!? っった~~~~~~~~い!!」

 液体の吸収が終了し、いつまでこのままなんだろうなぁ。ララさんまだ帰ってこないのかなぁ。とかのほほんとした気持ちで宙に浮いたまま、治療を施してくれた魔術師の帰りを待っていたメイリだったが、何が起きたか、突然空中から落下し始め、一メートルの高さから床に落ちたのだ。
 当然、そんな予想もしていないことに対してなんらかの準備が出来ているはずもなく、なすすべもなくそのまま彼女はお尻を強く打ち付け、ゴロゴロと床を転がりながら悶絶した。
 
 時間にして約数十秒が経過した頃だろうか。痛みがようやく治まったことを実感し、尻をさすりながら床から身を持ち上げる。
 そこからしばらく、次はなにをすればいいのか、それとももう終わりなのか、とりあえずララさんが帰ってくるまで裸のままなのかなぁ。と、意気消沈したり、所在なさげにキョロキョロと辺りを見渡していると、彼女の視界の端で不意に映ったものがあった。
それは、カラカラと音を立てて自分と時を同じくして落下していた彼女の愛用らしき杖で、何もすることがなかったメイリはおもむろにそれを拾った。

 そこからなにをするべくもなく、とりあえず服を着よう。そしてまだ何かあったらその時にまた脱ごう。と、どこか達観した結論を出したメイリは、部屋から出ようとドアノブに手を掛けた所で、さすがに裸で部屋をうろつくのはまずいと思ったのか、部屋の隅に無造作に置かれていた毛布を体に巻きつけ、いそいそと部屋を後にした。

 声が聞こえたのは、その直後だった。
 
『うぁっっあぁぁぁ~~~~~~!! 殺して……ころっっあはっははははっははっはははははは………………!! あっっいやぁ…………ぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~!!』   

「っ!? ララさん!?」

 聞こえたのは、見知った声。自分の身を案じ、親身に接してくれて、この命を救ってくれた、大切な人が発する優しい声色だった。
 が、何があったのか、今その声はとても苦しそうで、掠れていた。
 
いやな予感がする。助けに行かないと。

 そう直感したミイリは、服を着替えるのも億劫だと判断したのか、毛布一枚で声の発する方向へ、外へと駆け出した。
 そこで見たのは、半透明の青色一色で構成された異形の化け物と、その中に閉じ込められ、何が中で起こっているのかわからないが、明らかに苦しんでいる表情を浮かべながら、くぐもった笑い声を捻り出されている恩人の姿であった。

「ララさん!!!」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ララさん!!」

 度重なるくすぐり地獄を受け続けた結果、再び意識を闇に落とそうかとぼんやりと思っていた途端。自分の名前を呼ぶ声がララの耳に届いた。
 それは、先ほど自分が治療を施していた少女から発せられたものだと理解するのに、二秒の時間を要した。
要し、理解した所で、彼女は、ハッとした表情を浮かべ、消え入りそうになっていた意識を強引に覚醒させる。そこで、なぜ彼女がここにいるのかを自分に問いかけ、それは直ぐに解に達した。

 ああそうか、意識が飛んだから、杖に掛けた魔術が解けたんだ……。

 ここまで考えたところで、彼女の頭に最悪の展開が過ぎった。ひょっとしたら治療はじぶんのせいで失敗したんじゃないかと思ったララは、戦々恐々とした表情でメイリを凝視する。
 そこには、こちらを見つめ、泣きそうな顔をしながらも、ありありと生気に満ち溢れた顔をしたメイリの姿があった。

 治療は、終わっていた。自分は、三十分、耐えた……。

 安堵の表情がララを包んだ。なら、残る問題はただ一つ。そして、それを打開する方法も、彼女は持ってきている。

『メイリちゃん! 杖を!!』

 発したのはこれだけだった。けれど、それだけで何を欲しているのかを察した少女は、右手に持っていた杖を思いっきり振りかぶり、こちらへと投げつけた。

「させるカァ!!」

 投げられた杖をスライムは右に避け、的を外した杖はコロコロを地面を転がる。あ、と小さく声を出し、しまったというような表情を少女は浮かべる。

 だが、外れたことはララには関係がなかった。少女の手から杖が離れた事、そして、もはや治療は終了し、自分が杖を使っても何ら問題のないこと、これら二つの条件が満たされた今、外れたことなど何の障害にもならない。

「ハッハァ!! 残念だっタナ! みすみす渡させるカヨォ!! だがこいつを壊そうとした罪は重ェ!! ガキィ! てめえもこいつ同じようにいたぶって、殺してヤル!!」
 
 そんな下卑た声が聞こえる。

 だが、そんなことはさせない!。

 来て! と、ただ彼女は念じた。それだけで、地面に落ちていた杖は意志を持ったかのように、こちらへと飛来し、ララはそれを掴んだ。

「アァ!?」

 信じられない物を見たような、驚愕を含んだ声が聞こえた。しかし、それに構わずララはこの怪物を吹き飛ばす魔術の詠唱に取り掛かる。

『ぶふっ!?』

 瞬間、全身から今まで何度も感じてきた忌まわしい感触が伝わってきた。くすぐって詠唱を中断させ、その隙に何らかの対策を講じるつもりなのだろうと判断する。

 だが、ここで笑ったら何も救えない。せっかく助けた命をまた落とすような事はするな!

 最後の最後ぐらい、耐えて見せろ私ッ!

『ァァァアアアアアアアアアアアッッ!!』

 獣のような叫びを上げた後、杖から目も眩むほどの光が放出し―――、

 けたたましい轟音を響かせながら、スライムの体が爆散した。 


「すぅ………………、すぅ………………」

 安らかな吐息が部屋中を支配していた。

 部屋には、大きなベッドが一つと適度なタンスが二つ。要は寝室であった。

 ベッドから聞こえる吐息は一つ。メイリだ。但しベッドに横たわる姿は二つ、メイリとララだ。

 メイリの小さな呼吸音が辺りを包む中、ララは先ほどまでの出来事を回想する。

 あの後、崩れるように倒れこんだララの下に駆け込んだメイリは、ララのありがとうという言葉を聞いて、感極まって泣いてしまった。

 それに対して、気を抜こうにも抜けなくなってしまったララが、メイリを落ち着かせたのが一時間ほど前。
スライムの行為によってベトベトになった体を洗うためと、液体を吸収した弊害で汗まみれになった体を洗うために一緒に風呂に入り、お互いにじゃれあい続けて長湯してしまった時間が十分前。
長湯した結果、呆けた頭でメイリは自分の服を、ララには親のお古を一時的に借用し、そのまま少しだけ休んでいいかしらとララがメイリに聞き、それを潔く了承した後、二人してベッドに潜り込んだのがつい先ほど。

そして今に至る。

 よほど疲れていたのだろう。ベッドに入った途端、メイリの瞼は徐々に閉じていき、数分としない間に眠ってしまった。

 そして、自分も……

 虚ろな頭で考えるのは、あの男の事だが、それも今は大丈夫だとどこか確信を持っていた。
 
あの男も、こちらを殺すための手段を練らなければいけない筈。ならば、しばらくは襲ってこないだろう。

 少なくとも、この安らぎが終わる時間くらいまでは…………。

 そう思いながら、ララは隣にいる可憐な少女を優しく抱きしめながら、自分も深い眠りに付いた。

 その表情は安らかで、とても幸せそうであった。








はい、というわけでだりりんとの合作でした!

こんな素晴らしいものを描いてもらっただりりんに改めて感謝!!!

そしてこの企画に参加したすべての人と、企画者のCさんにありがとうの一言を!


それではみなさん、また数日後に! おつんでれ~


















さあ! 次に名乗りをあげるのはどこのチームだ!!!

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合作すばらしいですね、おかげさまでぬるぬるできました
感謝感謝ですよ
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